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名古屋高等裁判所 昭和29年(う)1089号 判決

被告人

篠田富夫

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審における未決勾留日数中三十日を右本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官大越正蔵の控訴趣意書のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、本件犯罪事実は、昭和二十九年五月三日頃より同月三十日頃までの間の五回の犯行であるから、昭和二十九年七月一日から施行された刑法の一部を改正する法律の附則第二項により、刑法第二十五条の二第一項前段の規定の適用のないことは明らかであり、原判決は、この規定を誤つて適用し、被告人を保護観察に付する旨を言渡したもので、法令適用の誤があり、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるというにある。

よつて、記録を調査するに、検察官の所論は、まことにそのとおりであつて、原判決には法令の適用に誤があり、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第一項三百八十条に則り、原判決を破棄し、同法第四百条但し書に従い、当裁判所において自判することとする。

罪となるべき事実は、原判決の判示するとおりであり、証拠の標目は、判示第五の事実につき、

四、小島治喜の検察官に対する供述調書

を附加する外、原判決に掲記してあるところと同一であるから、いずれも、これを引用する。

法令の適用を示すと、被告人の判示所為は、各刑法第二百三十五条に該当し、右は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条本文第十条に則り、最も重い判示第四の罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内において処断すべきところ、その量刑について考察するに、被告人には、前科なく、本件は五回に亘る窃盗で、被害額は合計二万円余に過ぎず、被害品の一部は、被害者に還付され、他の一部を入質したことによつて被害者に蒙らした損害の一部を被告人の親許から弁償している状況にあるのであるが、被告人が本件犯罪を犯すに至つた動機は、当時の勤務先を自から罷め、更に止宿先を飛び出して、名古屋駅裏の木賃宿に泊つていたのであるが、その宿泊代及び飲食代に窮して、本件を犯すに至り、又、被害品を入質して得た金又は盗取した金をパチンコ遊戯に費消しては、更にパチンコ遊戯代欲しさに犯行を重ねたものであつて、その犯情には、同情すべき点を到底見出すことができない。以上のような諸点を綜合すれば、被告人に対し、刑執行猶予の恩典を与えるべき情状があるとはいい難く、実刑をもつて処断するのが相当であると認められる。

検察官の控訴趣意は、前記のように原判決が言い渡した保護観察に付する旨の言渡が法令の適用を誤つているというのみであつて、原判決の刑の執行猶予の言渡について、量刑不当を主張するものではないのであり、保護観察の言渡を不当とする主張は、被告人の利益のためである(最高裁判所昭和二九年(さ)第四号、昭和二十九年十一月二十五日第一小法廷判決、同判例集第八巻第十一号一九〇五頁参照)ということができるが、検察官が被告人の利益のために控訴した場合であつても、それは刑事訴訟法第四百二条の被告人のために控訴した事件には該当しないものというべきである(大審院昭和五年(れ)第六八号、昭和五年四月九日第三刑事部判決、同判例集第九巻二四五頁参照)から、検察官より控訴の申立があつた本件において、前説示のように原判決が言い渡し刑執行猶予の言渡を当裁判所において言い渡さず、実刑をもつて処断するも、不利益変更禁止の規定には違反しないものと解するので、前記刑期範囲内において、被告人を懲役一年に処すべきものとし、刑法第二十一条により、原審における未決勾留日数中三十日を右本刑に算入することとする。(原審及び当審において国選弁護人に支給した訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項但し書に従い、被告人に負担させない。)

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 高橋嘉平 判事 大友要助 判事 村元尚一)

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